平野五岳 淡彩山水図 掛軸
掛軸 紙本149.5(206)×50.5㎝ 表具に小シミ
平野 五岳(ひらの ごがく)
【略歴】
1809(文化6)年~1893(明治26)年
豊後国日田郡幕府領渡里村(現日田市)生まれ。
江戸時代後期の画僧。名は岳、字は五岳。号に竹邨方外史、古竹園主、古竹老衲など。
正念寺に生まれ、のち、専念寺の養子となり同寺を継ぐ。
11歳の頃から儒学者広瀬淡窓に学び、淡窓の私塾咸宜園の人々と交友する。
本格的に画作に取り組み始めた30歳代の頃は、田能村竹田の画に学び描いていたが、50歳代に入った幕末頃より独自の画風を確立していく。
実際の景色を描くのではなく省略化された画面は前衛的でもある。
明治初年、日田県知事となった松方正義は五岳の書画を高く評価し、それによって中央でも知られるようになった。
文人のたしなみである三絶(詩、書、画)に通じ、高い評価を受けている人物である。

